カンボジアでパソコンを教えるの巻 vulture0902@yahoo.co.jp


by vulture0902

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【木漏れ日】

棒を振り回しながらズボンしかはいていない少年が牛を追い立てているその横を、自転車に乗せれるだけの野菜を積んだ老女が通り抜ける。強い光は、葉と葉の間をすり抜けて、地球に光の斑点を造り出した。だけどニワトリは飽きもせず地面をずっとつついていたから、彼らが木漏れ日を造っているみたいだった。

印象的な言葉がある。帰り道で、思わず深く考えてしまう言葉がある。私の場合は、「カンボジアは何も無いです。」とカンボジア人がよく言うことだ。それは、一緒にテレビを見ている時や、雑誌の綺麗な写真を見ている時にカンボジア人が、呟く言葉。意味は、いくつかあるだろう。売っているものが、少ない。娯楽が先進国のように充実していない。田んぼだらけ。洗練されてない。

外国人の私にとって、それは素晴らしい風景に映る。それは、そうだ。日本では見られない景色、圧倒的な自然、異なる文化を感じたくて、ここにいるのだから。でも、彼らのアイデンティティには、ならない。それは、何かを羨ましがるような表情に見える。地の民。この国には素晴らしい自然とメコンの恵み、太古から続いてきた文化があるというのに。

戦争がなぜ、悪いのか。戦争の罪とはと考えた時、無くすものは尊厳なのだろう。衛生環境や医療水準なんてなんだって言うんだ。食中毒には4回なったけど、20回ぐらいまでは、我慢できるぞ。根源的な生に対する問題ではないような気がする。経済発展が何だ。満足な教育も受けられなかった人達の心の清さは、ここに住んでみれば分かる。私にとっても彼らにとっても、最重要なものとは毎日に対する自信なのだと、本当に感銘を受ける。

1950年代のカンボジアの紙幣には、耕運機で農作業をしている農民の姿が堂々と描かれていた。現在の紙幣には、日本から援助で建造された「きずな橋」の絵が描かれている。対日感情が良好なことを示す意図もあるのだろう。でも日本の紙幣に、外国をイメージするものが一つでもあるだろうか。国を象徴する紙幣の絵柄と国民のアイデンティティは深い繋がりがある。何年かかるか分からないけれど、カンボジアのすべての紙幣が、カンボジアの建造物や風景で彩られることは、カンボジア人にとってものすごく重要だ。今一番大切なことは、「私は誰か?」のシンプルな問いなのだと、毎日を経て思う。
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by vulture0902 | 2010-01-26 23:53 | 独話

【原チャリ事件】

原チャリに2ケツして、隣町までいった。パソコンの授業まであと一時間と道中を急いでいた。

田んぼの中の一本道をひたすら走る。2ケツで走る。走っても、走っても、田んぼ。どこをみても、田んぼ。


途中で、原チャリのマフラーから白い煙を出して、止まった。故障だ。

「エンジンオイル、無い。」とカンボジア人のソチア。
「う~。本当?」と、僕。
「yes。」と、ソチア。

エンジンオイルを入れて、再出発するも、今度は爆発した。
正確には、爆発しそうになる音を出して、停車した。

「町まで、行けない。」となぜか笑顔のソチア。
「お~。そうか。」と僕。

「バイク修理できるか?」とソチア。
「できない。」と僕。
「なんで?パソコン治せるのに。」とソチア。
「パソコンとバイクは、違う。」と僕。

見渡す限りの田んぼに、取り残された二人。煙をだしているバイク。沈みそうな夕陽。

ちゃん。ちゃん。


後日、修理屋に修理にだしたら、原因は異なるエンジンオイルの配合が一番の原因だと。。

 今日もなんとか生きています。




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by vulture0902 | 2010-01-21 22:56 | 談話

【stadiumとスタジアム】

暑い太陽の中、畑仕事をしている近所の人があったから声をかけようと、「ご精がでますね。」と、言おうとしたが、そんな言葉はきっとないなと、辞書を引くのも諦めた。文化の総称なんてとても分からないけれど、電子辞書に単語を入れて【該当する言葉はみつかりませんでした】と出てきたときには、それは日本のものだと言う考えは、カンボジアに住んでから見つけた規則だ。労う、こんな素敵な感情は無い。私の日本語の生徒に聞かれても、とても説明できない言葉の一つだ。

この町の発展を毎日に感じる。中心部にはガラス張りのお店が数件立ち並び、新しい洋服屋さんには1着10~20$の服がたくさん置いてある。この町では奇跡と呼んでもいいだろう。近年、カンボジアの首都プノンペンではカフェにカンボジア人が行く人が増えてきた、とNGO関係者に教えてもらった。それは、まだまだ一部だが、快適なものに対するお金の掛け方の始まり。先進国の動向の採り入れを意味するのかもしれない。この国も新しいフェーズに入ったのだとポジティブに見てもよいのかもしれない。

「日本語には、なぜ英語がたくさんありますか?セーター、スタジアム、カタログ、バック」とカンボジア人が言っていた。これは大切な質問だと必死になって答えていた。「アメリカは私達の親です。親を見て、勉強するのが子供ですから。」と答えたが、帰ってから本当にそうだろうかと悶々としていた。

アメリカに対する憧れなんて、TVのコメンテータだけが考えていることだと思っていたけど、こんな所で痛感するなど考えもしなかった。
「身はたとひ 武蔵の野辺に朽ちぬとも 留め置かまし 大和魂」だ。

よし。洋楽を聞くのをやめて、J-POPを聞こう。メジャーリーグじゃなく、ジャイアンツを見よう。心に決めて見たことろで、外来語なしでは、何も語れなくなっていた。。
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by vulture0902 | 2010-01-15 22:46 | 独話
田舎町の中心街ではフランス映画の上映会があり、多くの地元の人々が原付バイクに乗って見に来ていた。夜店が開かれお祭りみたいだ。夜星は図鑑には載っていないような脇役の星まで写しだして、これが本当の星空なのかと分かったような気がした。屋外で映画。ポップコーンの代わりに蒸しトウモロコシ。今年は、いい年になりそうだとニヤけてしまう。

毎日が平穏だ。朝起きて50円の朝食を食べる。9:00~1:00までパソコンの授業をして、昼飯を食べながらパソコンを教える。3:00~5:00がまたパソコンで、5:00~7:00が日本語の授業。100円~150円ぐらいにご飯を食べてから、次の日の準備とドキュメントの作成をする。問題をあげれば切りがないけど、順調なのだろう。

世界の発展途上国で暮らす他のボランティアはメールで言う。大気汚染が先進国の定める基準の40倍の中で暮らしているとか、一番近い店まで2時間かかるとか、テロが発生する可能性のある国であるとか、極寒であるとか。

その頃、僕は蒸しトウモロコシを食べながらニヤけているのだから、つくづく幸せな男だと反省してしまう。「健康な人に医者はいらない」と言う言葉もある。本当困難な人を直視したいのだから、ニヤけてばかりもいられない。安価で良質で多人数のパソコンの授業。今年の目標は、これに尽きる。


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by vulture0902 | 2010-01-07 01:07 | 独話

【カンボジアの物語】

師走が暑い。正月を迎えても、暑くて雑煮は食べたくない。正月は奮発して、そうめんを食べようと考えているくらいだ。カンボジアの正月は、普通の休みだそうだ。普段と変わったことはあまり無い。特に31日の夜は、カウントダウンの習慣もないのだと、田舎のカンボジア人が言っていた。カンボジアの「物語」を教えてもらえたので、少し書いてみる。

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ある田舎の者は、木炭を造ることを生業としていた。造った木炭をいつも市場に売りに行く。木炭は木を切って造るだけなので、得られる収入は少なかった。

いつものように市場へ木炭を売りに行った時、町の少女がその様子を見ていた。少女は父親にこんなを言った。
「お父さん、あの人は貧しい人ですね。みすぼらしい格好をしていますもの。」

それを聞いた木炭売りは、少女に言った。
「いいえ。私は貧しくありません。私には家族がおりますし、友達もたくさんいます。動物もたくさん飼っています。私の周りには、たくさんの人がいます。本当に貧しい人の周りには、人はいませんから。」
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日本で一人暮らしをしている時、週末私の一番の楽しみはDVDを見ることだった。友達とも遊ぶし、飲みにも行く、自転車が好きだから色々な所を走った。でも、一番の楽しみはDVDを見ている一人の時間だった。

木炭売りから見た私は、自ら貧しさを望む人となるだろう。それとも、本当に富めるということを、まだまだ分かっていないのだろうか。今日の夜、夢に少女が出てきそうだ。
「じゃ、お父さん。あの人は貧しさを、自ら求めているのですか?」
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by vulture0902 | 2010-01-01 02:33 | 独話